「プロセス的基本的人権観補足 ― tak-yahくんへの回答」――への回答

2007.11.28 Wed

今回のお題は憲法問題です。ある友人がブログに書いてたのに対して反論しています。
おそらく憲法の根幹に関わる問題で、日本全体にとって大事な議論のうちの一つだと思うけれど、興味のある人しか面白くないと思うので、スルーしてください〜。

はじめに彼が書いたブログ(それに僕が質問してみた)
http://blog.livedoor.jp/skunk_cabbage/archives/50742487.html


彼の反応
http://blog.livedoor.jp/skunk_cabbage/archives/50746553.html?1196301510#errors


そして僕の反論です。基本的に「taroくんへ」ですので、注意。

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taroくんが思いをいろいろ書いてくれたので、僕も思ったこと書きまっす。思ったことは次の2点です。僕は松井先生の言ってることを支持したいと思います。それを前提に読んでくださいな。

僕が感じた所によると、松井先生(誰かもよく分からん。笑あとで調べます。)の強調するところは、裁判所の負担軽減にあるんじゃないかと思います。ここで、他のWEBサイトに載ってた松井先生の言葉を引用します。

「裁判所に余りにも多くのものを期待し過ぎなのではないか。また、裁判所にそのような役割を期待することは、裁判所にかなり困難な課題を負わすことになり、実際、期待可能以上のものを期待することによって、逆に裁判所が身動きできなくなってしまうのではないかと考える。」

つまり松井先生は、現在機能不全に陥っている裁判所の機能を何とか回復させたいと試行錯誤なさっているのではないかと思います。現在のように、違憲審査制があってないような状況では、真に国民の権利を実現するのは不可能ではないかと感じていらっしゃるんではないでしょうか?

文理解釈によると一見違憲であるような法令を解釈によって合憲にしたり、あるいはそれもせずそのまま無視して放っておくという今までの日本の態度はおかしいのではないかと思います。国民の権利を実現させ、本当の民主制の実現に近づける為、最低限今より多くの違憲審査に関するケースを最高裁に審査させなければならないのではないでしょうか。そうすれば自ずと民衆の側でも議論が活発になり、より理想的な民主制につながるのではないかと考えます。

以上は、松井説の賛辞と僕の現在の日本の違憲審査に関する態度でした。



もう一点は、taroくんの民主制への疑念に対する批判です。批判の批判と言うのは、「批判のための批判」に陥りやすく、僕のもそうなってるのかも知れないけれど、まぁ広い心を持って読むだけでも読んでくださいな。

僕は芦辺先生も松井先生も、taroくんが指摘するような「民主制への懐疑」を考えつつそれぞれの自説を唱えていると思います。代表制を批判することによって(たろうくんが芦辺説を支持するのかは知らないけれど)芦辺説をも批判してしまっているのではないかと思います。

つまりこういうことです。

僕は裁判所と言うのは民衆を完全に信用しないが故に裁判所に違憲審査権を持たせている面が少なからずあると思っています。たった15人の裁判官が、国民の権利義務に関する法令を支持したり破棄したりするのは、すごい権力だと思いませんか?たった15人の裁判官がその法律を合憲と判断することによって与える影響は計り知れないものがあると思います。

芦部説に立ったって松井説に立ったって、非経済的人権規定(←この術語間違ってるかも。ごめん。)あるいは、プロセス的権利(以下、二つをまとめて非経済的人権とします)は裁判官が審査するわけです。つまり、非経済的人権なんていう非常に国民にとって重要なものは、間違った判断をするかもしれない民衆は信頼せずに「良識ある」裁判官を信頼しようという風になっていると思うのです。

違いは経済的人権規定の方ですよね。芦部説によれば、これも裁判所を信頼しようとしています。松井説によれば、これについては遠まわしに民衆を信頼しようとしています。こう見てくると、民衆の意見を信頼していないのは両説同じで、程度問題なのではないかと考えられます。

僕も実は民衆の意見は完全に信頼すべきでは無いと感じています。taroくんの指摘は合理的かつ論理的だと感じます。

ただ裁判所を信頼するにしても、現在のように機能不全に陥っていて、本来の権能を十分に発揮していないような状況では裁判所の存在価値が失われていると思います。それなら、多少不安のある民衆に任せて経済的人権についての審査機能のクオリティが落ちたとしても、もっと大切な非経済的人権について建設的な論争ができる環境を裁判所に用意してやれば良いのではないかと考えるわけです。

松井先生の説は、現在の日本の裁判所システムの問題点を指摘し、またそれをよりよくしようとしている点においてとても共感できます。僕にはtaroくんによる松井説批判が批判になっていると思えず、それによって本説を否定している点に矛盾を感じます。

追記:
松井先生の趣味は・・・
コーヒーを飲みながらジャズを聞く。とくに1950年代のモダン・ジャズが好み。
らしいです。(HPより)
好感がもてますねー。
  1. 2007/11/28(水) 21:07:12|
  2. 法律|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:3

コメント

回答ありがとー!!

自分の考えがすぐにまとまらないのと、ちょっと今月はあわただしいのとで、応答ができず、ごめんね!
意見がまとまったら、また書くね★

なんかぼくのブログの方のトラックバックがうまく表示されてないね。なんでかなぁ。
  1. 2007/12/02(日) 00:32:39 |
  2. URL |
  3. taro #-
  4. [ 編集]

コメント返し

最近中間テストでいそがしいんやろ?まぁゆっくりでいいよー。トラックバックって言う機能がいまだに僕には理解できないです・・・。どうやって使うんだ〜!!
  1. 2007/12/02(日) 04:04:39 |
  2. URL |
  3. tak-yah #-
  4. [ 編集]

追伸

松井先生の教科書の最新版が12月25日にでるらしいので、冬休みにそれをちょっと読んでみて、考えてみようと思っています。
  1. 2007/12/13(木) 15:04:12 |
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  3. taro #-
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プロセス的基本的人権観補足 ― tak-yahくんへの回答

コメントどうもありがとう! 憲法談義ができてうれしいさ☆ コメントを返そうとしたら400字制限と言われてしまい、400字ずつ切っていくよりは見栄えがいいだろうと思い、記事にしました。 以下が回答です。 松井先生の整理によると、 ■通説的な実体.
  1. 2007/11/30(金) 22:56:23 |
  2. 夏の思い出

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